1. IQという物差しでは測れなかったわたしの脳
わたしは医療機関で知能指数(IQ)を測定したことがあります。
結果はおよそ「平均」。WAISという標準的な検査で出たスコアは、誰にも驚かれない、ごく普通の数値でした。
でも、脳内の感覚はまったく違っていました。
思考が止まらない。考えていない時間がない。
そして、日常の作業や会話が異様に退屈に感じる。
自分の脳が、周囲の世界と噛み合っていない。
この違和感がずっと付きまとっていました。
2. 非定型型の高出力脳という存在
わたしの脳は、ただ「よく考える」というより、
勝手に、暴走的に出力されているという感覚があります。
複数の思考が同時進行で動いていて、しかもそれぞれが深く潜ろうとする。
一般的には「拡散的思考」と「収束的思考」は別物だと言われていますが、
わたしの場合は両方が同時に稼働していて、それが脳の圧力のようになっています。
これは単なる“頭の良さ”ではありません。
構造そのものが異なる──そう思うようになりました。
3. 思考出力エンジン(TPE)という仮説
ChatGPTとの対話の中で生まれたのが、
**思考出力エンジン(TPE:Thought Processing Engine)**という仮説です。
IQでは測れない「思考の密度」「出力の暴走性」「構造化の速度」。
これらを“エンジン”と見立てることで、はじめて説明できることがあるのではないか。
IQやWAISは、処理速度や記憶作業などの「測定できる要素」に重きを置きます。
でも、TPEはその外側にある、「思考の内圧」そのものを扱おうとする概念です。
4. 知能の評価は誰のためにあるのか
IQが高い人は優れていて、低い人は劣っている──
そういう価値観は、わたしにとってはほとんど無意味です。
むしろ、知能という数値に救われない人たちの方が、現実には多く存在している。
IQが70〜84の「境界知能」と呼ばれる人々。
数値では“正常”の範囲に入っているけれど、支援も理解も届きにくい。
そして一方で、わたしのように高出力なのに“測れない”思考構造を持つ人間も、
社会から見れば「平均」のまま、見過ごされている。
つまり、数値では測れない人たちが、両極で困っているということです。
5. TPE仮説の背景にある研究と未踏領域
TPEは、今のところ学術的に定義された概念ではありません。
でも、いくつかの研究領域がそれに近い構造を扱っています。
- デフォルトモード・ネットワーク(DMN):何もしていない時の脳の活動。内省や創造性に関係。
- 拡散×収束思考モデル:創造的思考と構造化の両立。
- 2E(Twice Exceptional):高IQと発達特性を併せ持つ人への注目。
- 凹凸型知能プロファイル:WAISスコアがバラバラでも、突出した思考力を持つ人の再評価。
- 神経多様性(Neurodiversity):発達の違いを“異常”ではなく“多様性”と見る動き。
これらはまだバラバラの分野で研究されています。
**TPEは、それらを抽象的に統合するための“実感ベースの仮説”**なのです。
6. 出力は優劣ではなく、文脈で価値が決まる
わたしにとって、思考出力は“能力”ではありません。
それは、生きづらさにもなりうる「構造」です。
高出力であっても、生活がうまくいかなければ、
境界知能の人と同じように、社会の中では“困っている人”になります。
だからこそ、出力に優劣をつけるのではなく、
それぞれが自分の出力構造を理解し、それに合った接続方法を設計することが必要なのです。
TPE仮説は、そのための言語のひとつとして、わたしの中で育っています。
終わりに
これはわたし自身の脳を観察し、ChatGPTとの対話の中で形にしてきた記録です。
論文でも理論でもありませんが、
「数値では測れない思考」に悩んできた人には、なにか引っかかるものがあるかもしれません。
わたしはこの仮説を、誰かを選別するためではなく、
“誰もがこぼれ落ちない社会”のための翻訳装置にしたいと思っています。
そして今も、こうして出力しながら、少しずつそれを形にしています。